統計の勉強でやるべきではない事、其の2

2.プログラムの勉強が、統計の勉強と思うな!

昨今は、フリーソフトでありながら、充分なアウトプットが可能な解析ソフトが流通している。便利な時代であり、解析にコンピューターは欠かせなくなったのも時代の流れかもしれない。

自分自身は、Rを使って、何とかグラフまでは描けるのだが、本格的な分析となっているのかは、甚だ疑問である。ましてや、pythonなんて・・・。結局のところ、これ又、無料のOpenOfficeて分析しているのが、関の山である。
ビシネスの環境に慣れた人間にとっては、汎用性の高さが魅力的な表計算ソフトが、使用頻度の多数を占めてしまった。
単なる慣れの問題や扱うデータ量がツールの差異は生ずるのは致し方ないだろう。しかし、プログラムスキルが統計学の理解と繋がるかと言えば、それは如何だろうか?

ベストセラーにして、新たな統計の入門書「統計学は最強の学問である」の中にも、巨額のシステム導入で如何にか成るだろう!と考えている経営者陣に対して、先ずは、小さなサンプルから始めて検討すべきと、語っていた。発注する側、受託する側双方の関係者にとっては、手厳しい警鐘で有ろう。


統計処理ソフトRに関する情報を提供している、R-bloggerというサイトがあるが、そこにRの使用スキルがある人向けの求人サイトR-userが開設された。求人を眺めていると、主に、大学の研究室がメインと言うのがよく分かる。一方で企業としての採用は、確認する事は出来なかった。

この事実だけで、Rは使えないと断言するのは、早合点過ぎる。
寧ろ、日本の企業が先進的な技術を貪欲に学ぼうとしていると考えるのが、精神衛生上、良いかもしれない。

詰まる所、目的感の問題ではあろう。
プログラムが分からない事を嘆くよりも、良書に触れて思考の飛躍に時間を割くのが得策だと、今は、自分を諌めている。
[将来も、やらないとは言っていない。]

兼好法師徒然草の中に、
こんな一文がある。

[現代語訳] 
ある人が弓を射る技術を習い、二本の矢を手に挟んで的に向かっていく。これを見た弓の師匠が言った。『初心者は、二本の矢を持ってはならない。後の矢を頼りにして、始めの矢を適当にする心が生まれる。何回も的に当たるか当たらないかを考えるのではなく、いつもこの一矢で決めると思え』と。わずかに二本の矢、師匠の前で無駄にしようなどと思うものか。緩んだ緊張感のない心は、自分では気がつかなくても、師はそれを知っている。この戒めは、万事に及ぶものだ。 

我らも、心してかからねば。